療法士・看護師訪問の併用に関する現状とお礼 の巻

 本年度の介護報酬・診療報酬改定による”訪問リハビリのみご利用の方におかれる看護師訪問の追加”に関してまして、5月より順次、まずは療法士と看護師の同行という形で開始させていただきました。
 6月以降は実際に「30分未満の訪問看護」という形で看護師が単独訪問させていただきたいと存じます。

  さて、今回、改訂に伴う非常に唐突な変更にも関わらず、ご利用者さま、ご家族さま、ケアマネジャーさま、その他事業所の方々には、一件のご苦情やご不満もなくご理解賜りましたこと、本当に感謝しております。 この場をお借りしまして、お礼申し上げます。

 これが制度上の形式的なものになるのではなく、看護師訪問の機会が、療法士による訪問のサービスの質の厚みにつながる様に連携を強化してお応えできればと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。

  なにぶんまだまだこちらも不慣れな事が多くてご迷惑おかけしますが、お気づきの点などがございましたらお知らせください。

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絵に意味はございません。
字ばかりでは寂しいので、先日描いた載せた次第です。
 

こんな本読みました の巻 その拾八

 4月に買って、ようやく読み終えた本です。ネットで言葉を調べながら読まねばならないほど、難しい表現が多い本でした。

 ともかく博学で明晰な著者が、数多の文献を読み解いて日本の歴史に関してまとめた本で、戦前に発売されて数十万部を売ったベストセラーだそうですが、あまりに史実に率直に皇室に関して書いていたため「不敬だ」などと右派からの批判があったほどです。

 また、戦後は日本人を鼓舞する精神的な支柱になる事を恐れたGHQに発禁処分にされている本で、この度新書として出版される事になりました。 
 
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『日本二千六百年史』 
大川周明・著
2018 毎日ワンズ

 どうにか一通り読んでみての感想ですが、古代から近代まで、この国の歴史に関して様々な視点から非常に濃密に書かれているように感じました。面白かったです。

 古代では大化の改心に至るまでにシナ(現在の中国)からの影響がいかに強かったか、伝来した仏教がどうやって浸透し結実したか、平安期の社会の退廃や貴族の堕落、頼朝や信長が意外にも皇室を敬っていた事、江戸時代の鎖国政策の過ちや町人社会における武士階級の葛藤など、そして明治維新に至る国情など、知らない知識を得られて、とても読み応えのある内容でした。

 この国が決して平坦ではなく、今まで数々の国家的な断絶の危機に遭いながらも、先人の努力、あるいは奇跡的な僥倖によって今に至っている事もわかりました。

 歴史とは、事件と言う”池”の繋ぎ合わせではなく、そこに暮らした様々な人が切れ間なく織りなす”川”の様なものであると感じます。今の水質を、源流や流域の環境を調査して学ぶのが、歴史なのかなと思いました。

 ちなみに、題名の「二千六百年」は、皇紀(神武天皇即位からの年数)です。

 



 

睡蓮とメダカのお話し の巻

 先週あたりから、我が家の睡蓮が咲き始めました。


 昨年育て始めて(昨年の記事)これで2年目になりますが、ろくに肥料をやってないにも関わらず、今年もきちんと花をつけてくれました。あんたすごいよ…。


 ああ、儚い睡蓮。何週間もかけて水の中で蕾を少しずつ膨らませながら水面を越えて、ようやく見事に咲いても、空を眺められるのはわずか3日ほどです。
 花を開く力を失って再び蕾になっていよいよ水の中に沈む頃、それを横目に見ながら新しい蕾が空を目指します。
 
 それを繰り返し、昨年は6~7回花が咲きました。今年は何回咲いてくれるやら。なにぶん肥料もやってないので、まぁ、あれですが。

 ちなみに睡蓮は、朝開いて夜は閉じてしまいます。そのため「睡」蓮と言うそうです。

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蓮は水面からも茎が伸びますが、睡蓮は水面で花が開きます。


 ただ、このように屋外に水が貯めてあると、これからの季節、蚊が繁殖します(わずか数mm程度の水溜まりでも生まれるそうなので注意)。なので、睡蓮鉢の中にもボウフラを食べてくれるメダカを入れてあります。この30cm程度の鉢で10匹ぐらい入っております。

 鉢の中のメダカを、ボーーーーーーッと眺めているのが好きです。


 

拝む対象よりも、拝む心が大切 の巻

ある入居者さんが、拝める絵が欲しいと言われたため、それならばと探してみました。
しかし、ググってみても、案外”これ!”と言うものがないものです。

ないものは描くしかあるまい。

と言う事で、私の好きな聖林寺十一面観音像をモチーフに、描いてみる事にしました。

▼こちらが実際の仏像の写真
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聖林寺HPより拝借

仕事の合間にちょっとずつ描いて1週間。ついに、出来上がりました。

↓ ↓ ↓

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 描いてみて、実際の仏像のバランスは、本当に絶妙だなぁと思いました。
 それに引き換え、本物の深みがまるで反映されないの陳腐な絵ですが、頑張って書いたので魂はこもったはず!

さて、これをプリントアウトいたします。
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呼吸を止め、慎重に切り抜いていきます
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ふぅ~、やっとできました
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伝家の宝刀、ラミネーター
仏さま、しばしのご辛抱を
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更に切り抜いて完成
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↓ ↓ ↓



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依頼していただいた入居者さんに大変喜んで頂いて、何よりでした!

驚いたのは、この方は昔から十一面観音をお参りしてきたとの事。
些細なことではありますが、何とも言えない偶然があるものだと思った次第でした。


 

食べ物を粗末にしない、と言う基本的なこと の巻

「昔は芋のツルも、湯がいて食べていた」とか「白米なんて盆か正月ぐらいのもんで、普段は麦が多いご飯だった」とか、戦時中を経験した方はおっしゃいます。

 そんな世の中から、たったの70年ほどしか経っていないのに、今問題になっているのが「食品ロス」だと言う現状があります。農水省によると、毎年632万トンの「食べられるもの」が捨てられているそうで、なんと一日に換算すると一人お茶碗一杯を捨てている計算だそうです(ソース)。

 そんな中、私がとても気になるのは”賞味期限”と言う存在です。
 あれ、厳しすぎではないでしょうか。

 年月日、場合によっては時刻まで明示する必要が、本当にあるのかなと疑問です。
 製造年月日だけ書いて、あとは消費者が判断すればいいのではないかと思うのです。

 賞味期限があるせいで、それを過ぎた物は販売できず、すべて破棄されてしまいます。

 スーパーなどでも、少しでも期限が先のものを選ぼうと、手のリーチの及ぶ限界に挑戦して棚の奥の商品をとってみえる方がみえますが、果たして、たかだか数日”新しい”事が重要なのでしょうか。

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 よほどの事情がない限り、手前の日付の迫ったものから買っていくのも、食品ロスへの貢献ではないかと思います。割引シールが付いていたら迷わず選ぶのだから、結局”新しさ”なんて大したこだわりではないはず…。
 
 食品が傷むのは早い時期なので、これからの季節は食中毒には充分注意しないといけないのは確かですが、それとこれとはまったく次元の違う話かと思い、書かせていただきました。
 
 戦後におかしくなった事はたくさんありますが、自然の恵みや食にたいする敬意も、そのひとつのような気がします。