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ないからあるのか、あるからないのか の巻


 ただあるものは、無い。ない状態があると認識するから、有る。

 日々、神経疾患などで満足に体を動かせない方と接していて、決して自分と陸続きでないなどと思ったことはありません。
 現在はケアをする側の自分が、何の前兆もなく不可逆的にケアを受ける側に変わる可能性について、何の理不尽もないと心では思っているつもりです。

 にもかかわらず、健康であるということ、歩けること、食べられること、話せる事、この奇跡的な幸甚を、日常的になかなか感謝する事すらないのはなぜだろうと、思っていました。

 そこで、思い至ったのが冒頭に書いた言葉です。

 本来、何かを認識して名前をつけると言う事は、便宜的にそのものを切り出してくる作業であって、それは例えば疾患であったり、特殊な状態であったり、「ある」ことに対するものです。
 なので、そもそも、何もない状態である「健康」と言うものを、認識する事は難しいのではないかと思うのです。
 健康でなくなった状態が「ある」から、初めてそれと対比して「健康」を意識できるのではないかと思うのです。

 誰かと比較して、客観的な自分の「健康」を「ある」と思っても、それはどこか認識とは違う気がします。

 何が言いたいかと言うと、ないのもあるのも、変わらないと言う事です。ないから悲しい、あるから嬉しい、或いはその逆も、どこかまやかしのように思います。
 ただ、今日が今日であった事だけが、確かなことなのかなと思います。
  
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