夏の風物詩…、世界遺産登録 の巻


今年も、夏の風物詩がやってまいりました。
そう、「世界遺産登録」です。
昨年も、ちょいと不満を述べたのは自分の記憶に新しい所です(こちら)。

 さて、今年認定されたのは何かと申しますと長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産だそうです。禁教の際の信仰を評価されたとの事です。

 ちょうど、私も今『戦国日本と大航海時代』と言う本を読んでいるところで、まさに興味のあるテーマだったのですが、それだけに今年の認定に関しても不満たらたらです。

 なぜなら、豊臣秀吉がキリスト教を禁教して伴天連(バテレン、ここでは宣教師)追放を宣告したのは決して他教排斥ではなく、スペイン・ポルトガルの宣教師たちが、明確に国家侵略の意志を持って世界各国へ触手を伸ばしていたに他ならないからです。

 彼らは、開拓の名のもと、それはもう夥しい数の原住民を虐殺しました。キリスト教布教の歴史は、はっきり言って、虐殺の歴史です。
 それを察知した秀吉は、日本を護るために宣教師たちの布教を禁じましたが、決して庶民がキリスト教を信仰すること自体は禁じていません。
 徳川時代においても、同様に、キリシタンの布教が侵略の第一歩だと看破した故の禁教です。
 
 そんな歴史を差し置いて、今回の世界遺産登録。
 
 なんだか、数年前の、軍艦島の際のありもしない”強制徴用”の認定もそうでしたが、日本は世界遺産登録と言うこと自体が目的化してしまい、本来大切にしないといけない先人の苦労や努力を全て遺棄してしまっているように感じてなりません。


 
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