FC2ブログ

ぼちぼちいこか の巻

10月14日(日)、いなべ市を拠点として各地で活動される、ボランティア『ぼちぼちいこか』さんに、お越しいただきました!

DSCN3636.jpg DSCN3649.jpg

DSCN3650.jpg DSCN3685.jpg

大正琴の演奏を中心に、皆で懐かしい歌ったり話したり、楽しい時間を過ごさせていただきました。

『ぼちぼちいこか』さんの情報はこちら

 
スポンサーサイト

医院の敵は”病み”ではなく、”闇”だった の巻

 先日新聞を見ていたら、ちょっと驚く記事がありました。
 『「医療・福祉」の倒産最多 経営難、暴力団つけ込む』と言うものです。

 一昨年あたりから医療・福祉関係事業の経営難から倒産がかなり増えているようで、そこに暴力団や悪質なブローカーが目をつけているとの事。

 彼らは、潰れそうな医療機関に身分を隠して接触し、「診療報酬請求権」を買い取って荒稼ぎしているそうです(ソース)。

 どういう事かと言うと、通常医療機関は、診察をすると患者さんから何割かの自己負担分を貰い、残りを健康保険組合等に「診療報酬」として請求します。ところが、それは請求してから審査を経て2ヶ月ほどしないと得られません。
 そのため、資金繰りに困って今すぐにでもお金が欲しい医療機関は、その請求権そのものを売ってしまえばとりあえず現金化できると言うわけです。
 
 診療報酬と言うのは基本的に国からのものなので、不正請求や誤請求がなければ基本的には”取りはぐれ”が少ないので、確実に吸える甘い蜜はさぞかし美味しいのでしょう。

 しかしまぁ、こういう悪どい人たちは、人間のいろんな弱みを見付けてそこにつけこむのが本当にうまいものですね。
 四六時中、寝ても起きても人を陥れることだけにその脳神経を活性化させ、人の苦痛への共感性を司る前頭葉はさぞや衰退しているものと拝察いたします。

 それにしても、医療・福祉機関がそれほど多く潰れるのは、果たして自然淘汰なのか、それとも社会保障の制度の問題なのか…。
 事業所に壊滅的な打撃を与える様な修羅の如き報酬改定が数年ごとに起こるこの業界。決して、我々も他人事ではないのです…。

 
 

ないからあるのか、あるからないのか の巻


 ただあるものは、無い。ない状態があると認識するから、有る。

 日々、神経疾患などで満足に体を動かせない方と接していて、決して自分と陸続きでないなどと思ったことはありません。
 現在はケアをする側の自分が、何の前兆もなく不可逆的にケアを受ける側に変わる可能性について、何の理不尽もないと心では思っているつもりです。

 にもかかわらず、健康であるということ、歩けること、食べられること、話せる事、この奇跡的な幸甚を、日常的になかなか感謝する事すらないのはなぜだろうと、思っていました。

 そこで、思い至ったのが冒頭に書いた言葉です。

 本来、何かを認識して名前をつけると言う事は、便宜的にそのものを切り出してくる作業であって、それは例えば疾患であったり、特殊な状態であったり、「ある」ことに対するものです。
 なので、そもそも、何もない状態である「健康」と言うものを、認識する事は難しいのではないかと思うのです。
 健康でなくなった状態が「ある」から、初めてそれと対比して「健康」を意識できるのではないかと思うのです。

 誰かと比較して、客観的な自分の「健康」を「ある」と思っても、それはどこか認識とは違う気がします。

 何が言いたいかと言うと、ないのもあるのも、変わらないと言う事です。ないから悲しい、あるから嬉しい、或いはその逆も、どこかまやかしのように思います。
 ただ、今日が今日であった事だけが、確かなことなのかなと思います。