ようこそ40℃ の巻

ついに、桑名市内、訪問車内の外気温計が40℃を超えてしまいました。


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昨日も、道路を走行中、何度も救急車とすれ違いました。熱中症なのかもしれません…。 

 訪問を終えて、炎天下に停めてあった車に乗り込む際の、吸い込んだ息が肺まで熱するあの感じ。 灼熱のハンドルを握って、救いを求めてつけたエアコンからの熱風に頭が眩む感じ。 

 気温36℃というのが非常に重要な境目で、体温より外気温が高いということは、体内で生産された熱が外に逃げず、場合によってむしろ熱をもらってしまうことになるので、身体にとってまさに「命の危険がある温度」になってしまうそうです。
 「エコエコ」唱えていたメディアも、昨今はすっかり言わなくなりましたね。

 「クーラーは体に毒」は、せいぜい30℃ぐらいの時の話な気がします…。うちのばあちゃんを始めとしてご高齢の方、どうか信念を曲げてエアコン入れてください。

 
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夏の風物詩…、世界遺産登録 の巻


今年も、夏の風物詩がやってまいりました。
そう、「世界遺産登録」です。
昨年も、ちょいと不満を述べたのは自分の記憶に新しい所です(こちら)。

 さて、今年認定されたのは何かと申しますと長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産だそうです。禁教の際の信仰を評価されたとの事です。

 ちょうど、私も今『戦国日本と大航海時代』と言う本を読んでいるところで、まさに興味のあるテーマだったのですが、それだけに今年の認定に関しても不満たらたらです。

 なぜなら、豊臣秀吉がキリスト教を禁教して伴天連(バテレン、ここでは宣教師)追放を宣告したのは決して他教排斥ではなく、スペイン・ポルトガルの宣教師たちが、明確に国家侵略の意志を持って世界各国へ触手を伸ばしていたに他ならないからです。

 彼らは、開拓の名のもと、それはもう夥しい数の原住民を虐殺しました。キリスト教布教の歴史は、はっきり言って、虐殺の歴史です。
 それを察知した秀吉は、日本を護るために宣教師たちの布教を禁じましたが、決して庶民がキリスト教を信仰すること自体は禁じていません。
 徳川時代においても、同様に、キリシタンの布教が侵略の第一歩だと看破した故の禁教です。
 
 そんな歴史を差し置いて、今回の世界遺産登録。
 
 なんだか、数年前の、軍艦島の際のありもしない”強制徴用”の認定もそうでしたが、日本は世界遺産登録と言うこと自体が目的化してしまい、本来大切にしないといけない先人の苦労や努力を全て遺棄してしまっているように感じてなりません。