睡蓮とメダカのお話し の巻

 先週あたりから、我が家の睡蓮が咲き始めました。


 昨年育て始めて(昨年の記事)これで2年目になりますが、ろくに肥料をやってないにも関わらず、今年もきちんと花をつけてくれました。あんたすごいよ…。


 ああ、儚い睡蓮。何週間もかけて水の中で蕾を少しずつ膨らませながら水面を越えて、ようやく見事に咲いても、空を眺められるのはわずか3日ほどです。
 花を開く力を失って再び蕾になっていよいよ水の中に沈む頃、それを横目に見ながら新しい蕾が空を目指します。
 
 それを繰り返し、昨年は6~7回花が咲きました。今年は何回咲いてくれるやら。なにぶん肥料もやってないので、まぁ、あれですが。

 ちなみに睡蓮は、朝開いて夜は閉じてしまいます。そのため「睡」蓮と言うそうです。

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蓮は水面からも茎が伸びますが、睡蓮は水面で花が開きます。


 ただ、このように屋外に水が貯めてあると、これからの季節、蚊が繁殖します(わずか数mm程度の水溜まりでも生まれるそうなので注意)。なので、睡蓮鉢の中にもボウフラを食べてくれるメダカを入れてあります。この30cm程度の鉢で10匹ぐらい入っております。

 鉢の中のメダカを、ボーーーーーーッと眺めているのが好きです。


 
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拝む対象よりも、拝む心が大切 の巻

ある入居者さんが、拝める絵が欲しいと言われたため、それならばと探してみました。
しかし、ググってみても、案外”これ!”と言うものがないものです。

ないものは描くしかあるまい。

と言う事で、私の好きな聖林寺十一面観音像をモチーフに、描いてみる事にしました。

▼こちらが実際の仏像の写真
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聖林寺HPより拝借

仕事の合間にちょっとずつ描いて1週間。ついに、出来上がりました。

↓ ↓ ↓

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 描いてみて、実際の仏像のバランスは、本当に絶妙だなぁと思いました。
 それに引き換え、本物の深みがまるで反映されないの陳腐な絵ですが、頑張って書いたので魂はこもったはず!

さて、これをプリントアウトいたします。
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呼吸を止め、慎重に切り抜いていきます
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ふぅ~、やっとできました
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伝家の宝刀、ラミネーター
仏さま、しばしのご辛抱を
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更に切り抜いて完成
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↓ ↓ ↓



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依頼していただいた入居者さんに大変喜んで頂いて、何よりでした!

驚いたのは、この方は昔から十一面観音をお参りしてきたとの事。
些細なことではありますが、何とも言えない偶然があるものだと思った次第でした。


 

食べ物を粗末にしない、と言う基本的なこと の巻

「昔は芋のツルも、湯がいて食べていた」とか「白米なんて盆か正月ぐらいのもんで、普段は麦が多いご飯だった」とか、戦時中を経験した方はおっしゃいます。

 そんな世の中から、たったの70年ほどしか経っていないのに、今問題になっているのが「食品ロス」だと言う現状があります。農水省によると、毎年632万トンの「食べられるもの」が捨てられているそうで、なんと一日に換算すると一人お茶碗一杯を捨てている計算だそうです(ソース)。

 そんな中、私がとても気になるのは”賞味期限”と言う存在です。
 あれ、厳しすぎではないでしょうか。

 年月日、場合によっては時刻まで明示する必要が、本当にあるのかなと疑問です。
 製造年月日だけ書いて、あとは消費者が判断すればいいのではないかと思うのです。

 賞味期限があるせいで、それを過ぎた物は販売できず、すべて破棄されてしまいます。

 スーパーなどでも、少しでも期限が先のものを選ぼうと、手のリーチの及ぶ限界に挑戦して棚の奥の商品をとってみえる方がみえますが、果たして、たかだか数日”新しい”事が重要なのでしょうか。

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 よほどの事情がない限り、手前の日付の迫ったものから買っていくのも、食品ロスへの貢献ではないかと思います。割引シールが付いていたら迷わず選ぶのだから、結局”新しさ”なんて大したこだわりではないはず…。
 
 食品が傷むのは早い時期なので、これからの季節は食中毒には充分注意しないといけないのは確かですが、それとこれとはまったく次元の違う話かと思い、書かせていただきました。
 
 戦後におかしくなった事はたくさんありますが、自然の恵みや食にたいする敬意も、そのひとつのような気がします。







 

こんな本読みました の巻 その拾七

 今回は、「時計」に関する本をご紹介したいと思います。何気なく部屋にかかっている時計。一度、時計と目を合わせてみてください。彼らは黙々と時を刻んでいます。
 しかし、不思議ではないでしょうか。時刻は、いったいどうやって生まれているのでしょうか。「神のつくったもの」であった「時」を、人が手に入れるまでの先人たちの努力が詰まった一冊です。

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『時計の科学 人と時間の5000年の歴史』
織田一朗・著
2017 講談社

 日時計、水時計、砂時計といった古来の時計が生まれたころから、驚くべきことに、人類は「地平線から太陽が見え始めて完全に姿を現すまでの時間(約2分)を720倍すると1日である」事を知っていたのです。あまたの単位の中で、時計だけが12進法なのも、自然から生み出した理由があるのです。

 本書では、5000年に及ぶ時計の歴史を繙いて、現代、そしてこれからの展望にも筆が及んでいます。あたりまえの”1秒”が絶対のものではなく、これすら変化しているという話はとても面白いです。
 現在の電波時計の精度は「3000万年に1秒以内の誤差」だそうですが(※)、今後目指している光格子時計の精度は、なんとなんと「3000億年に1秒の誤差」だそうです。
 正確な時刻を手に入れる事が出来たことで、相対性理論による主観的な時間の差も、測定できるようになってきたとの事(10の-18乗秒レベルの精度が必要だそうです)。 

※訂正:高精度なセシウム原子時計は「3000万年に1秒以内の誤差」ですが、現在運用されている電波時計の制度は「30万年に1秒以内の誤差」でした。えらい違いでした。訂正いたします。

 時間とは何か。時計という切り口でこれを考えるのに、とても面白い一冊でした。
 ちなみに、本の表紙の時計は、かのマリー・アントワネットが贅の限りを尽くして作らせた時計、その名も「マリー・アントワネット」で、価格にしたら3億は下らないそうです…。

 

お天道様の下は歩けねぇ の巻

 最近ネットを見ていて、とある記事が目についたので注意喚起の意味でご紹介いたしたいと思います。

 一般的に病院やクリニックでも処方される「モーラステープ」の副作用に関してです。

 この湿布を貼った場所に”紫外線”を浴びる事により、「光線過敏症」と言う症状を発症する方がみえるようです。
 当然ながら太陽光にあてても症状が出るわけで、稀ではあるものの発赤や腫脹が出現し、ひどい状態になってしまう事もあるようです。


こちらは、たまたま家にあった「モーラスパップXR120mg」

裏を見ると……
↓ ↓ ↓
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確かに、書いてあります。

 しかも、さらに読むと、はがしてから4週間程度、同様に紫外線にあたらないようにしないといけないとの事なのです。
 これから紫外線がきつくなる時期ですので、「しょっちゅう貼ってるわ」と言う方は、少しご注意くださいませ。
 

端午三兄弟 の巻

 本日は、端午の節句
 どうして端午と呼ぶかは、実は、色々とまぁ、理由があるようでして、
 えーと、それは、色々あるようなので、とりあえずググってください。

 さて、邪気を払う「菖蒲」が、「尚武」を連想させることから、武士にとって縁起が良いと言う事で、「男の子の日」となったとか、ならないとか。

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 お子さんやお孫さんたちを立派に育ててみえたわかばの入居者さんたちにとって、もしかしたら「こどもの日」はいろんな事を思い出す日なのかもしれないなぁ、などと思ったりします。

 さて、わかばでも、お昼は端午の節句と言う事でご馳走が出ました(いつもご馳走ですが!)
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普通食
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ペースト食

 皆様には元気をつけていただき、来たる暑い季節に備えていただければと思います。


 

憲法記念日に思う の巻

本日は、憲法記念日。

1947年(昭和22年)に『日本国憲法』が施行されたのを記念した祝日です。

ただ、少し歴史を学べばわかることですが、日本がサンフランシスコ講和条約によって主権を回復したのは1952年(昭和27年)
つまり、憲法は、占領下で作らされたものです。
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日本人が苦難の経験から考え産み出したものではなく、先勝国が、二度と白人に歯向かわないように日本を弱体化させるために都合の良い内容を押し付けただけのもの。

これを経典のごとく崇める方が一部にみえますが、

本気で日本の平和を護るためには、そろそろ自分達で憲法を創る覚悟を持つべきではと、私は思います。

 

こんな本読みました の巻 その拾六

 私は、本屋に行くのが好きです。実際にページをめくってみないとその本の持つ味がわからない気がするので、できればAmaさんや楽さんではなく、本屋で買うのが理想です。

 今回ご紹介するのは、「江戸」に関する本です。 著者は「明治維新という過ち」で知られる原田伊織氏です。

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『日本人が知らされてこなかった「江戸」』
原田伊織・著
2018 SB出版

 「明治維新」に関して学校で習って漠然と知っている知識は、「尊王攘夷」を掲げる維新志士が、ついに討幕を果たし、新政府を設立したと言う一連の改革だろうと思います。

 ただ、歴史と言うのは勝ったものによって”作られる”のは世の常で、明治を築いた薩摩・長州の”偉人たち”が、日本の西洋化・近代化を正当化するにあたって、「江戸」と言う時代がいかに野蛮で未開で非合理であったかを刷り込んで言った結果が、現在の教育だと言うのです。
 ”江戸時代は支配者たる武士が、庶民から搾取する時代”である様な一般的な時代劇のイメージも、史実とは全く異なるようです。

 江戸時代は、想像以上に効率的文明的で、かつ「持続可能な(サスティナブル)社会」であり、現代人こそ見習うべき点が大きいのだということを、改めて感じました。
 また、非常に感銘を受けたのは、よく言われる”自然との共生”という言葉こそ、自然と人間を同等に見た極めて傲慢な考え方であると言う指摘です。
 江戸時代の日本人は、自然とは抗えないもので、人間も自然の一部であると言う価値観の下で、災害に畏れながらも自然の恵みを尊重し、生きてきたと言います。
 
 物質的な事を求め続け、そして行き詰っている現代人こそ、江戸時代の先輩の生き方に学ぶところがあるのでは。ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の、「日本が西洋化して合理的な生き方まで身に着けた時、日本人は”日本人によく似た西洋人”になってしまうだろう」と言う指摘をもう一度、思い出さねばならないように感じます。